二人の関係 その2
彼女から初めてわたしに掛けられた言葉は、宣戦布告だった。
「私、彼のこと好きなんです。だから貴女に言っておかないといけないと思いました」
彼というのは、わたしの高校時代からの友人のこと。そして彼女も他の人と同様に、その時はわたしと彼の関係をそういう風に考えていたようだった。
わたしはこういう時、笑うことにしていた。真剣に言えば言うほど、邪推されてしまう可能性が高いから。
笑って、彼女に対して否定する。彼は恋愛対象じゃないわ。私の好みは、もっと可愛い「人」ですから。と。
嘘は言ってないけど、予防線敷いているな自分……と珍しくその時は思った。
彼女は意外にもわたしの言葉をあっさりと受け入れると、何度も頭を下げて謝った。ずいぶんと決心を固めてから、わたしに話し掛けていたようで、緊張が一気に解けてしまったのだろう。
それだけ彼女は真剣だったのかもしれない。
「気にしなくていいよ。誤解されるの、慣れてるから」
そう言って上げさせた、彼女の恥ずかしがっている顔は、今でもわたしの心の中に残っている。
きっとこの時、わたしは恋をしたのだろう。
ただ、自分の気持ちに気が付いたのは随分と後になってからだった。
「応援してあげるよ」
彼女の真剣さがあまりにも可愛かったから、考えも無く言ったこの言葉。それをわたしは数ヵ月後に悔やむことになる。
それからは、彼女と話をする機会が多くなった。彼について聞かれることが多かったけれど、二人で遊びに行くことも度々あった。
素直な性格で、多少融通が利かないところもある彼女だけど、その生真面目なところと不器用さは、ずるくて要領よく生きて来たと自覚してるわたしと、相性がよかった。
何度かの告白の後、彼女は彼と付き合うことになった。
わたしが後ろ盾していたことに驚いていたようだったけど、その甲斐があってか、彼は快く彼女のことを受け入れてくれた。
二人の友人の幸せを目の当たりにして、その時のわたしはちゃんと笑顔だったのか。今も思い出すことができない。
彼と彼女が付き合い始めてからも、わたしたち三人は学内ではいつも一緒にいることが多かった。
もちろん、二人がデートへ出かける時まで付いていく事はなかったのだけど、傍から見ればわたしは、いつも二人の間に割り込んでいた図々しい女に見えていたのかもしれない。
付き合い始めた彼女が、わたしと一緒にいてくれる時間は必然的に少なくなっていった。それがなんだか惜しくて、彼には悪いと思っていつつも、わたしは事あるごとに二人に近づいていった。
この頃の私は、もう自分の気持ちに薄々は確信を持ちはじめていた。
でも相手が悪い。友達の恋人であり、自分の親友と呼べる人を好きになってしまったのだから。
彼とのことを楽しそうに話すのを、いつもわたしは笑顔で聞き続けた。幸せそうな彼女の顔は、わたしの心を満たしてもくれるが、その分だけ独りになると寂しさが増していた。
そんなわたしを支えてくれるのは、たった一枚の写真。写真を撮られるのが嫌いな私が、一度だけ誘われて彼女と一緒にとったプリクラに、苦笑いしているわたしと愛らしい彼女が写る。
彼女の姿を指でやさしくなぞり、いつまでも写真の中の彼女を見つづけていた。
その日は昼から雪が降っていた。
彼女と一緒に、クリスマスイヴの街へ買い物に出かけた。
わたしに与えられた時間は夕方まで。彼女のイヴは、きっと夜から始まる。そのための、彼へのプレゼントを探す彼女に付き合っての、買い物でもあったから。
それが彼女とわたしの正しい関係だと、半年以上、自分に言い聞かせて来た。
でも、だめだった。
わたしはやはり、彼女と一緒にいたいと思わずにはいられない。彼と過ごすのだろう、この後の時間もすべて、私に欲しかった。
鞄の中には、プレゼントを用意していた。自分の気持ちを打ち明けようと思っていた。
ショーウィンドウを眺めながら、お互いにあれが似合う、これの方がかわいいよと、そんな他愛のない話をしている二人だけの時間がいとおしい。
別れ際に、行かないでと引きとめようと思っていた。
そして何度も頭の中で考えていたその時が来た。
「今日はありがとう。じゃあ、行って来るね」
わたしと一緒に選んだ彼へのプレゼントを抱えて手を振る彼女。
「……っ!」
そこには今日一番の笑顔があった。
彼女の幸せがどこにあるのか。そしてわたしは、彼女の幸せな笑顔がやっぱり大好きなのだと、思い知らされた。
彼女を好きになって、わたしは初めて泣いた。
あの初めて泣いた日から、もう4年も経ったんだ。
荷物を整理しながら、昔の……と言っても、まだ卒業してからだと1年も経っていないのだけど……大学の頃のことを久しぶりに思い出していた。
彼女の為にいい友達でいようなんて、今から思うと随分と消極的な生き方をしていたものだ。
言えなかった自分の気持ちを押し殺したまま、わたしたちの関係は卒業まで続いた。
彼と彼女にとってのよい友達として、わたしはその役割をきちんと果たして来たと思っている。
卒業後、わたしは家を出て職場に近い場所で一人暮らしを始めた。彼女は自宅から通勤1時間半という場所に勤めることになってしまい、毎日寝不足だと嘆きの電話をよく聴かされている。
彼とはあまり連絡を取らなくなった。暑中見舞いや季節の連絡程度はしていたが、半年ほどすると、仕事が忙しく会社に泊まりの日も多いという話がよく出てきたので、それを機にあまりメールもわたしからは送らなくなった。
それからすぐに、彼女は彼と別れた。
通勤の不都合を解消するために、彼女は家を出る事を考えていたのだけど、彼が忙しさに理由をつけてちゃんと相談相手になってくれなかったのが原因らしい。
彼女からの電話を聞きながら、わたしは一度は心の中に押し込めてしまった勇気を再び呼び戻した。
今しかない。
自分の気持ちに気付いた時には、彼女が友達の恋人になっていたなんて、そんな思いはもうしたくない。
友達の仮面を外し、わたしの気持ちを伝えるための、これが第一歩になる。
「それなら、わたしと一緒に住まない?」
そして明日、彼女とわたしの新しい生活が始まる。
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2004.11.09 初回日記公開
2005.10.10 最終更新