「愛の始まり(藁)<藁はやめなよ……。」



「おはよう、友梨奈ちゃ〜ん。今年はもう何個くらい貰ったのかなぁ?」
 朝一番の挨拶から、私の親友は非道いことを言っている。
「……現在15個」
 それでも、律儀に報告してしまう私も私だ。
「へぇ。去年よりも速いペースじゃないの? 記録更新も夢じゃないわね」
 妙に楽しそうに、私の親友──悪友か?──の琴子は言った。

 2月14日の朝、まず家の郵便受けに2つ入っていた。
 学校に行く途中に、4人から手渡された。
 下駄箱には5つ入っていた。ちゃんとビニール袋で汚れないようにパッケージして、綺麗に並べてあった。
 そして、机の中にも5つ入っていた。
 何がって?
 もちろん、チョコレートが。
 ハートマークとか付いた綺麗な包装紙で包まれて。
 大小さまざま、色とりどりに。
「相変わらず、友梨奈ちゃんって、モテモテねぇ」
 琴子がそう言っている側から、下級生が教室にやってきて、私にチョコレートを渡していった。
 一個追加。現在16個。
 ……私、一応女だけどさ。
 なんて言って戸惑っていたのは、もう何年の前の話。高校2年になった今では、毎年のことになっていた。
 でも、だからといって、この状況に慣れるわけもない。
「琴子、どうしよう。これ……」
 鞄には入り切らなくなってきたチョコの山を指さし、私は今年も途方に暮れていた。
「毎年の事でしょ。紙袋くらい、ちゃんと用意しておきなさいな」
 そう言いながらも琴子は、自分の鞄から紙袋を取り出して、チョコを詰め始めてくれた。
 別にここは女子校ではない。それに男子生徒が少ないわけでもない。
 私自身、見た目は普通の女子だと思う。
 髪の毛はちょっとショートだけど、私より短い人なんて運動部に沢山いるし、別段、もてる要素は無いはずだけど……。
「なんでかなぁ……」
 机に突っ伏して、溜め息混じりに呟く。
 横を向くと、喜々とした目でチョコを分別している琴子が作業の手を止めた。
「さぁねぇ。この娘達の言うには、背が高くて美人なところとか、爽やかで凛々しいところとか、下級生に優しいところとか、バスケ部の副部長なところとかが、そこらの男よりカッコイイらしいわよ。友梨奈って」
 そして、チョコに添えられていたメッセージカードを、楽しそうにひらひらさせた。

 昼休み。琴子と一緒に逃げる様に屋上へ行くと、私の後を人の気配が付けてくる。
 屋上のベンチに腰を下ろすと、案の定、チョコを持った一年生がずらっとその前に並び始めた。
「あの、部活紹介の時に見かけてから、ずっと先輩の姿が……」
 一人ずつ、切々と時間を掛けて想いを告げていく。
 いや、そんな事言われても困るんだけど。
 すぐに人の列が出来てしまい、いつの間にか、琴子が最後尾パネルまで持ち出す始末。
 ゆっくりと昼食を食べるタイミングもない。
「はぁ……つかれた」
 ようやく人の波が収まると、私はベンチに崩れ落ちた。
「律儀に一人ずつ話を聞いてあげてるからよ」
 新たに増えたチョコを数えながら琴子は言う。
 彼女はいつの間にか、要領よく昼食を食べていたようだ。
「だって、わざわざ来てくれたのに、話も聞かないのは悪いと思うし……」
「友梨奈ちゃんってば、罪な女よねぇ。期待を持たせ過ぎても酷じゃなくて」
「それはそうだけどさ……」
「ま、それが友梨奈ちゃんの良いところだけどね。はい、全部で17個ね」
 どっさりと入った紙袋(2つ目)を琴子は渡してくれた。
 また増えたよ……。

 そんな一日ももう終わろうとしていた。
 一刻も早く学校から逃げなくてはと、思っていても、待ち伏せされたらそれも無理。
 結局、家に辿り着くまでに、さらに10個増えました。
「今年も大量だったわね」
「こんなの大量でも嬉しくない」
 一人では持ちきれないので、家まで付き合ってくれた琴子から、紙袋×3を受け取りながら答えた。
「あら、世の中には貰いたくても貰えない哀れな人間が沢山いるんだから、贅沢言っちゃダメよん」
 平然とした顔で琴子は言うけど、それは筋違いだよ。
「だって、私、女の子だし。貰うよりあげたいよ」
「そう? じゃあ、友梨奈ちゃんは誰にあげたいの?」
「う……それは、誰もいないけどさ……」
「ふ〜ん」
 私にそんな相手など居ないことくらい知っているくせに、そんな風に感心してみせる。
 そして、ちょっとだけ微笑みながら、私の顔を覗き込み、
「つまり、あたしにあげようとかは、思ってないのね。とても残念だわ」
 いつもの冗談を言う口調で、さらりと言う。
 …………。
「えっ、なんで琴子……」
 突拍子もない事をと、思う間もなく、琴子はふっと私に背を向けた。
「あたしは、友梨奈ちゃんにチョコをあげようとは思ってないけど、チョコを貰いたいとは思っているのよ」
 早口にそう言うと、再び振り向いて私に顔を近付ける。
「だって友梨奈ちゃんって、カッコイイと言うよりも、可愛いんだもの」
 言うが早いか、私の頬に一瞬だけ琴子の唇が触れた。
「……!?」
 スッと身を引く琴子を目で追いながら、私は慌てて頬を手で押さえる。
「可愛い女の子からチョコを貰えたら、嬉しくなるって思わない?」
 全然、今したこととなど繋がらないことを言いながら、琴子は笑う。
「そーじゃなくてっ!?」
 私は身体が固まったまま、聞き返す。
「唇は次の機会まで取っておくわ。友梨奈ちゃんの気持ちを聞かないまま唇を奪うほど、あたしは無粋ではないからね」
「だから、そーじゃなくてっ!?」
 言っている自分も、そうじゃなくて何が聞きたいのか、よく分からなかった。
 ただ一つ言えることは、その時に見た琴子の顔は、何故だか私にとって特別なものの様に思えた。


 いろんな意味で、終わり。
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あとがき。

バレンタインに負けず、前向きに生きよう企画。
……逝きました(;´Д`)
消化不良のまま、14日が過ぎてしまいそうなので終了。
なんかね、ほら、頭の中にはもっと妄想があるのよ。
俗に言うボーイッシュ(死語)で人気者な女の子を、本当に愛しているのは……ていう感じで。
難しいわ。ええ。
絵も文章も、描(書)かなきゃどんどん、死んでいくよ。
ふぁいとー。おー。

2002/02/14 23:35 伊月めい