「嘘と虚像と彼女の日記」



 大学からアパートに帰ってきて、まず最初にすることがメールのチェックである。
 着替えをしながらマウスを動かして、メーラーをアクティブにする。
 新規メールの存在を示すアイコンが並ぶフォルダの中に、メールマガジンや広告メールなどに混じって、今日も彼女からのメールが届いていた。


From: Yumi <yumi1102@mail.xxxxxxx.or.jp>
Date: Wed, 24 Oct 2001 19:07:23 +0900
To: Psycho <psycho@delta.yyyy.ne.jp>
Subject: 今日の報告です♪
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Psychoさん、こんにちは。

今日は午後の講義が休講になったんで、この前話してた映画を見てきました。
感想は日記に書いておくから、読んでくださいね。

ユミ
yumi1102@mail.xxxxxxx.or.jp
http://www7.xxxxxxx.or.jp/~yumi/

 彼女とメールのやり取りを初めてから、もう三ヶ月近くになる。
 大学が夏休みだった頃などは、お互いに常時接続の環境だったこともあって、日に十回以上もメールをやり取りしたこともあった。
 さすがに大学が始まると、そんなに頻繁にやり取りすることは出来なくなったが、それでもほぼ毎日一通ずつ、それぞれの今日の出来事を書いて、報告をし合うことは欠かさず続けていた。
 お互いに顔を合わせたことはないが、交わした言葉の数なら、もう一年近く連絡を取っていない地元の友達よりも遥かに多いし、今はメールだけでの関係と言う、その距離感までをもちゃんと理解しているつもりである。
 おそらく彼女の方は、そう思っているに違いない。
 だが、メールをやり取りするずっと前から、彼女の事は既に知っていた。
 そもそも、メールを出したのも、初めから彼女に近付くためだった。
 彼女は同じ大学に通う、同級生だった。
 学部も同じで、何度か教養のクラスで顔を見かけたことはあったが、特に目を引く存在でもなかった。
 きっかけは、たわいもないことだったと思う。
 第二外国語の講義で会話の練習になり、近くの人とペアを組む事になった。
 普段なら、彼女はいつも一緒に講義を受けている友達と組むのだが、その日だけ彼女は一人で席に座っていた。
 その為に、たまたま彼女と組むことになったのだが、この時に耳にした、彼女の綺麗に澄んだ声が、それまでの彼女への印象を一気に変えてしまった。
 流れる彼女の声は、何処にも掠れた所がなく、耳に気持ちよく滑り込んでくるようだった。
 その言葉が日本語ではないからなのか、まるでリズムをとっているかのような口の動きに、思わず見とれてしまった。
 彼女とはそれっきり講義でペアを組むことはなかったが、その日から彼女のことを無意識に探すようになっていた。
 ある日のこと、大学の情報センター(俗に言えばパソコン室だろうか)でパソコンに向かう彼女を見かけた。
 インターネットを使っていたようで、マウスを時折ちょこちょこと動かしながら画面を眺めていた。
 しばらくして彼女が利用を終えて情報センターから出ていくと、同じパソコンに座ってブラウザを立ち上げてみた。
 彼女がどんなサイトを見ているのか、興味があった。
 履歴を開いてみて、順番に見ていくことにした。
 そのサイトは個人のサイトで、簡単なプロフィールと日記、そして好きな映画についての感想があるだけの、こじんまりとしたサイトだった。
 アクセスカウンタが付いていたが、カウンタはもうすぐ1500になろうかと言うくらいだった。
 初めは彼女が映画好きで、そういうサイトを探していたのだろうかと思ったが、しばらくそのサイトを、彼女の履歴に従って読み進めていく内に、ようやく気が付いた。
 そのサイトは、彼女の作ったサイトだった。
 プロフィールにはハンドルネームや年齢と、「○○県の某女子大に通う女子大生です」と言う程度のことしか書かれていなかったが、日記などを読んでいくと、明らかにここの大学のことを書いていると読みとれた。
 そのURLと、サイトの端に書かれていたメールアドレスをメモすると、急いでアパートに帰ってパソコンの前に座った。
 彼女のサイトには掲示板が設置されていなかったので、思い切ってメールを出してみることにした。
 だが最初から正体をあかした場合、大学でどんな顔をして彼女と会えばいいのか心配になったし、どんなメールが返ってくるのかという不安もあって、検索サイトから偶然に彼女の所へたどり着いた人間のフリをすることにしてしまった。
 しかし、そんなのは要らぬ心配だった。
 彼女から返ってきたメールはとても丁寧な内容で、「またメール下さい」とまで書いてあった。
 サイトを作ってみたものの、意外とメールをくれる人は少なかったのだと、彼女は書いてきていた。
 それから毎日のようにメールを出し合う日々が続いて、今に至っている。
 ブラウザを立ち上げて、彼女のサイトを見に行った。


2001年 10月24日(水)
今日は運が良いのか悪いのか、午後からの講義が揃って休講でした。
思いっきり暇になってしまったので、メール友達のPsychoさんが勧めてくれた映画を見に行くことにしました。
どうやら今週で終わりみたいだったから、危うく見逃すところでした。やっぱり運が良かったのかも。
観てきた作品は…………………

 今日の日記を開くと、メールにあったように、映画を見に行ってきたことが書いてあった。
 日記の中にハンドルネームを書いてもらえるような関係になっただけでも、一歩だけ彼女に近付けたことになるのかもしれない。
 再びメーラーを呼び出すと、今日の出来事や日記についての感想などを書いて送信した。
 いつか彼女とオフラインで会う時が来るのかも知れない。
 そうなった時、彼女はどう思うのだろうか。
 遠い場所に住む、お互いに顔も知らないと思っていた人間が、ずっと近くにいたと知ったら。
 それとも、こっちも何も知らなかったような顔をして、お互いに同じ大学だったことを驚き合えば済んでしまうのだろうか。
 しかしそんな真似はきっと出来ない。
 彼女に会いたかったのは、そんな私ではないのだから。
 きっと、たった一つの最初の嘘が、私の全てを虚像にしてしまったのだ。


                      終わり
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あとがき

なんにも他意はないです。ただ単に思い付いたんで一気に書いてみただけ。
あ〜、いちおう百合です。
どこが? と思ったら、わざとらしく書いてあるところを見付けて下さい。
んじゃ。さてと、寝よう。

2001/09/21 22:50 伊月めい