BOISさんからの小説指令メールに基づいて作成された駄作品


──探偵なんて、行く先々で死人を呼び寄せる、死神のような仕事さ。
                         (チャールズ卿2世)



全田一小年の事件簿 「ばっちゃんの四十九日殺人事件」


『どういうこと? はじめちゃん』
『謎は全て解けたって事さ、美雪』
『えっ!?』
『犯人は──この中にいるっ!』
『次回に続く』
 パタン。
 紙面の隅々まで、証拠を見逃すことなく音読し終わると、俺は先週号の少年マガジンを閉じた。
 ふぅ……。
 細く息を吐き出しながら、フル回転していた頭をリラックスさせる。こうして脳内の活動に緩急を付けることで、思いもよらぬ閃きが浮かぶこともあるのだ。
 頭の中で四次元に並べられたパズルピースを、様々な角度から組み上げていく。そんなイメージで、思考が流れていく。
 そして、ある結論に達すると、俺は叫んだ。
「やはり、俺に足りないのは、美雪だっ!」
 名探偵に憧れて十数年。実績だけなら、どこの少年探偵にも負けないのに、いまいちパッとしないのは、美雪がいないからなのだと、今気が付いた。
 古今東西、少年探偵と呼ばれる者には、ある時は推理のヒントとなるような一言を言い、またある時は犯人に襲われ、そして、二人きりの旅先で事件に巻き込まれながらも、青春の一コマの様なラブロマンスを繰り広げる、そんな幼なじみの美少女が付き物なのだ。
「て事で、一緒に帰ろうか。美雪」
 考えがまとまったところで、手近にいたクラスメイトの女子に声を掛けた。
「だっ、誰が美雪よ……」
 すると、美雪はそう言って、辺りを見回す。周りの目が気になっているのだろうか。今更なにを照れているのか。
「何を言っているんだ。俺と美雪は幼なじみじゃないか。一緒に帰るのは至って自然なことだろう?」
「わ……私の名前、好恵だもん……。美雪って何よ……? そ、それに、全田一君とは高校に入って知り合っただけで、幼なじみと言うわけでは……」
「さすが、美雪だ。的確な状況説明をさりけなく会話に織り込むのもお手の物だな。だがな、高校一年と言えば、2年前だ。2年なんて、コンピュータ業界だったらメガヘルツがギガヘルツになって、ギガバイトがテラバイトになるほどの遙か昔だぞ」
 それだけ昔からの付き合いだ。これはもう、幼なじみと言わずして、なんというのだ。なんとも言えないだろう。
「私、好恵……」
「さあ、今日もきっと何処かで、殺人事件や偽装強盗、当て付け自殺が、俺達を待っているぞ」
「そんなの、待ってて欲しくない……」
 美雪はそう言いしぶるが、きっとクラスメイト達の手前、照れているのだろう。
 俺は美雪の手を取ると、教室を後にした。
 クラスメイト達は、俺達の幼なじみぶりに遠慮しているのか、誰一人として目を合わせようとしてこなかった。確かに、それほど都会とは言えない街だが、高校生になってもまだまだウブなお子様が多いクラスだな。



「どなどなど〜な〜どな…… 子牛をの〜せ〜て……」
 なにか嬉しいことがあったのか、歌を口ずさみながら美雪は俺の隣を歩いている。
 いつもならば、こう言う時、パトカーに乗った警部が突然やって来て、「力を貸してくれ、全田一」と仕事の依頼をしてくるはずなのだが、今日は珍しく姿を見かけることはない。
 この季節になると、20年前に町内会の美化運動の一環で植えられたと言う桜の木が、美しい桜並木を見せてくれている。多少、植林組合と自然保護団体との間の衝突で、死者が出たと言う話が伝えられているが、いまではきっと、この桜の木の下で安らかな眠りについているのだろう。
「そうだろう、美雪。でなきゃ、こんな綺麗な桜の色は見られないよな」
「うう、そうだね……安らかになりたい……」
 美雪も自然の美しさに感動して、涙目になっているようだ。
 そんな桜並木を抜け、住宅地へと入っていく。元からこの地に住居を構えていた俺の家は、住宅街の入口からそれほど離れてはいない。ほんの数分と言ったところだろうか。
 もっとそれより奥の方の住宅地は、俺が小学生の頃にはまだ完全なる山だった。
 よく近所の友達と共に、サバイバルごっこや、秘密基地遊びをしたものだ。それに、木に囲まれた獣道を使い、崖の下に降りると、エロ本の泉と呼ばれる場所があって、毎月末になると、必ずそこにはエロ本が沢山捨てられていたのだ。当時の小学生にしてみたら「ここはきっと、エロ本が湧き出す泉なんだ」と、密かなエロスポットになっていた。
 それも今では、都市部のベッドタウンと化してしまい、味気のない住宅がひしめいている。
「あ、救急車だわ」
 俺がそんな思い出に浸っていると、美雪が声を上げた。
 まさに、なにげない一言が、事件の始まりへと導いてくれる。
「合格だ。やっぱり美雪だな」
「違うのに……お家に帰りたいよ……」
 そう話す俺達の横を、救急車は狭い路地にも関わらず、走り抜けていった。



 俺の家の前まで帰ってくると、先程見た救急車が停まっていた。
 担架を担いだ救急救命士が慌ただしく俺の家の中へと駆け込んでいく。
「これは……! 美雪っ、行くぞ!」
 俺の名探偵の勘が、これは事件だと告げている。俺は美雪の手を引くと、急いで玄関へと向かった。
「私……部外者なのに……」
 家から担架で運び出されようとしていたのは、じっちゃんだった。
 俺のじっちゃんは、近所でもコンピューターおじいちゃんとして有名だ。その冷静沈着で論理的な思考は、常に町内会のゲートボール大会で殊勲賞を狗得するほどである。
 最近は、インターネットの出会い系サイトで、昔の初恋の女性と同じ名前の女子短大生とメール友達になったと、茶飲み友達に自慢していた。
 ばあちゃんが死んでから四十九日も過ぎていないのに、かなりの暴れん坊で、きっと俺よりも長生きするんじゃないかと思っていた。
 そんなじっちゃんが、担架に横たわり、腰をピクピクと痙攣させていた。
「じっちゃん! 一体どうしたんだっ!?」
 一気に20歳くらい、じっちゃんは老け込んでしまったかのように見える。
「おお……おお……」
 俺の呼びかけに対しても、手で空を掻くような不思議な踊りを見せるだけで、何も答えてはくれない。
「ああ、小年(ことし)帰ったのかい。おじいちゃんが、腰を打っちゃったんだよ」
 じっちゃんを乗せた担架の後に現れたお袋が、何が起きたのか説明してくれた。
「付き添いの方、早く乗って下さい」
「あ、はい」
 まだ詳しいことを聞きたかったのだが、救命士がそう言うと、お袋はじっちゃんを乗せた担架に続いて、救急車に乗り込んだ。
「じゃあ、お母さんは病院の方へ行って来るから、叔父さんたちの事頼むわね。お父さんも……もうすぐ帰ってくると思うわ」
 時計を見ながら俺にそう言うと、お袋は救命士にお願いしますと言った。
 救命士は肯くと、扉に手を掛けた。
 その時、俺は確かにじっちゃんの声を聞いた。
「いつもは、あのイスはあんなに低くないのじゃが……」
「なにっ!?」
 だが、確かめる間もなく、救急車の扉は閉まり、それと同時にものすごいスピードで病院へ向かって走って行った。



「なるほど……。じゃあ、じっちゃんはいつものように、女子短大生からのメールを読もうと、パソコン室へ行ったんですね」
 俺と美雪は家に入ると、そこにいた叔父さん達に詳しい事情を聴いた。
 今日は、ばっちゃんの四十九日だった為、家には俺の家族の他に、親戚が来ていて、いつもより家の中の生暖かい空気の密度が高い感じがした。
 今、俺の目の前にいるのは、親父の弟にあたる次郎叔父さんとその妻。俺から見れば叔母さんだ。毎年の正月には顔を合わせている知った顔だ。不味(ふみ)という名前の6歳になる女の子と、俺と同い年の左記(さき)という息子がいる。
「あれ? 不味と左記はどうしたんです?」
「え〜っとね、左記は学校から直接来るから、まだ来てないのよ。不味はおトイレじゃないかしら〜?」
 叔母さんが間延びしたテンポで答えると同じくして、丁度、不味は部屋に戻ってきた。そして、つまらなさそうに、新聞を取りだして眺め始めた。夕方からのアニメの再放送でも気になっているのだろうか。
「話を戻しましょう。じっちゃんがパソコン室へ入ったのを見たのは、次郎叔父さんと、三郎叔父さんですね?」
 俺はその時の状況を性格に把握するため、部屋の中をうろうろと落ち着かない様子の三郎叔父さんに念を押して訊ねた。
 三郎叔父さんは、お袋の兄にあたり、次郎叔父さんとは違って独身だが、80年代のバブル期に堅実に資金を貯め、90年代になると、IT関連ベンチャー企業を起こしたと言う話を聞いている。地方新聞の経済記事に寄稿をしたこともある有名な実業家らしい。残念ながら俺は経済面はあまり見ないので、目の前の人がそんな凄い実業家だとは実感が持てないが。
「あ……、ああ。そそそ、そしたら、すぐに、小年君のおじいさんの、さっ、叫び声が聞こえたんだよ」
 そう言うと三郎叔父さんは、またしきりに部屋の中を所在なさげに歩き始めた。
「それで、驚いて俺と三郎とで見に行ったら、親父が倒れていたというわけさ」
 次郎叔父さんが付け加えるように言う。
 やはり現場を見てみないと、何とも言えないな。漠然とした嫌な予感を感じながら、とにかく俺はパソコン室へと向かった。



「おっと美雪。あまりその辺の物に触って、指紋を付けないでくれよ」
「なんでかなぁ……」
 美雪なりに事件性について考えているのだろうか、遠い目をしながら美雪も、俺の後を付いて現場となったパソコン室へと足を踏み入れる。
 元々じっちゃんの書斎だったのを改装した部屋で、無停電電源装置に加えて、エアコン用に別系統から電源を確保してあり、ADSLと、緊急用にとアナログ回線をそれぞれ工事して敷設してある。
「なんかこの部屋、酸っぱい臭いがする……」
「何を言う、美雪。これが、人生を積み重ねてきた男の匂いというものだ」
 入口から見て右側の少女マンガがずらっと並んだ本棚の、上から3段目、右から4冊目の「郷土芸能の由来と伝承」と言う、その場には不自然な本を手前に引くと、本棚が横にずれて、地下室への入口が現れるという話を、昔こっそりとじいちゃんから聞いたが、今回はきっと関係ないだろう。
 俺はこの部屋でじっちゃんに何が起こったのか、じっちゃんの気持ちになりながら考えてみた。
 まず扉を開ける。
 きっと、毎日女子短大生からのメールを見るのは、ウキウキ気分だったのだろう。
 扉を開けたところで、ちょっと小躍りくらいはしたのかも知れない。
 次に、部屋の電気をつける。
 そして、スキップしながら、パソコンの前に来て、スタンバイ状態を解除する……
 パソコンの前に近付くと、俺は何気なしに、近くに有った椅子の背もたれに手を置き、くるっと向きを直して腰掛けようとした。
──いつもは、あのイスはあんなに低くないのじゃが……
 不意に、じっちゃんのあの言葉が俺の頭の中で、呼び覚まされる。
「そうかっ」
 俺は床にしゃがみ込むと、その椅子を裏からのぞき込む。
 頭の中でそれまでバラバラだった、一見すると関係のないパーツが綺麗に重なり合って、一つのイメージを形作っていく。
 思った通りだった。
 俺は確かな確信を感じながら、力強く立ち上がる。
「なっ……なに……?」
 美雪はまだ、それには気が付いていないようだ。不思議そうな目で俺を見ている。
「これは事故じゃない。事件だ! 何者かがじっちゃんを狙ったに違いない!」
 あんなに元気でナイスだったじいちゃんを狙うなんて許せない。
「じっちゃんを亡き者にした犯人め! 絶対にお前を捕まえてやる!」
 そして俺はカメラ目線になると、決意を込めて叫んだ。
「じっちゃんの名にかけて!」
「……おじいさん……まだ生きてたんじゃ……」
 美雪が何か言っていたが、俺の心の中は正義の炎で燃え盛っていた。



 俺は家にいた人全てを、美雪に言って応接間に呼び集めて貰った。
 俺は安楽椅子を用意してくると、それに深々と腰掛け、皆が来るのを待った。
「いいいい、一体、なんだね、こんな所に、み、みんなを集めるとはっ」
 応接間に入ってくるなり、三郎叔父さんは不安げな様子を見せ始めた。
「そうだぞ。どうしたんだ、小年君?」
「小年くん、左記が戻ってきたわよ〜」
 次郎叔父さんと叔母さんの後に続いて、丁度今到着したらしい、左記が応接室へ入ってきた。
「よぉ、じいさんが大変なことになったな?」
 隣町にある学校の制服を着て、肩にはお馴染みのベータカムを背負っている。左記には常にビデオを録画していないと、発狂してしまうと言う癖がある。
 ちょっと画質に拘るために、重い宿命を背負っているようだが、それも人生だろう。
「ああ、それで、ちょっと集まってもらったんだよ」
 最後に不味が応接間に入って、美雪が部屋の扉を閉めた。
「さて……」
 俺は集まった全員の顔を見ながら、椅子から立ち上がった。
「今回のじっちゃんの事故について……いや、事件について。重大なことが分かりました」
「事件!?」
「何を言ってるんだ、あれは事故だろう?」
「わ、私は、なななななな何も、知らんぞっ」
「一体、どういうことだよ、全田一?」
「あらあら、どうしましょ」
 俺の言葉に、皆が口々にさわめきはじめる。
「これは、事故なんかじゃない。計画的にじっちゃんを狙った、れっきとした殺人事件なんだ!」
 殺人事件……その言葉に、先程までの皆のざわめきが、一気に緊張へと変わる。
「そして、真犯人は──この中にいるっ!」
 俺がそう言うと、そこに居た全員が、思わず自分以外の人間を盗み見た。誰しもが、自分の隣にいる人間が、凶悪な殺人鬼ではないかという疑心暗鬼にとらわれているのだろう。
 そしてその中で、唯一犯人だけが、別の恐怖を味わっているのだ。名探偵に追いつめられていくという、犯罪者に用意された、ただ一つの結末から逃げられないことを本能的に感じながら。
「まず、じっちゃんを亡き者にしたトリックから説明しましょう。美雪、例の物を持ってきてくれ」
「うう……なんで私が……」
 犯人のトリックを暴くという大役に緊張しているのか、美雪はなにやらぶつぶつ言いながら、じっちゃんの部屋にあった椅子を持ってきた。
「見て下さい。これはじっちゃんの部屋にあった椅子です。正式名称は、空圧シリンダー型OAチェアー APOAC-12M です。ま、型番はどうでもいいのですが、このタイプの椅子は、椅子に座ってここに見えるスイッチを押すことで、高さを調節することが出来ます」
 そして皆に見えるようにシリンダー部を指さす。
「ここを見て下さい。この椅子は、じっちゃんの部屋にあったときの状態のままです。一番下まで椅子の高さが下がっていますね。じっちゃんの座高を思い出して下さい。明らかにこの低さでは座りづらいです」
「なるほど……そうか!」
 左記は俺の言おうとしていることが分かったらしい。
「そう。犯人はあらかじめOAチェアーの高さを低くしておく事で、いつもの高さのつもりで座ろうとした、じっちゃんの腰に、強い負担を掛けさせようとしたんだ!」
「小年くん、でも普通は椅子が下がっていることに気が付くんじゃないかな〜」
 叔母さんが至極当たり前の事を言った。
「いい質問です。普通なら確かに椅子が下がっている事に気が付くかも知れません。でも、もしじっちゃんがその時、注意力散漫になっていたとしたらどうですか? あの鬼のようなばっちゃんから解放され、若くてピチピチの女子短大生との楽しいメールに浮かれていたとしたら」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさい。それじゃあ、ももももしかして……」
「そう。三郎叔父さんも気が付きましたか。だから、じっちゃんの生活に詳しい人、身内による犯行と考えられるのです」
「だったら、一体誰が……」
 次郎叔父さんが改めて応接室に集まった人達を見渡した。
「それは追々分かりますよ。では、一人ずつ犯人かどうか、はっきりさせていきましょう」



「まずは、美雪」
「えっ……私? なんで……私は無理矢理……」
「美雪はヒロインだ。よって白だ」
「はぅ……よかった……もうすぐ帰れるのね……」
 ちょっとした俺のジョークに、美雪は敏感に反応するから面白い奴だ。
「次に、次郎叔父さん」
「小年君は、俺を疑うのか!?」
「ただ順番に言っているだけですよ。次郎叔父さんは、最近家に帰るのが遅いと聞いてますが、なぜです?」
「それは、仕事に決まっているじゃないか」
 はっきりと、迷うことなく次郎叔父さんは言う。
「本当にそうですか? 3日前の夜、駅前のレストランで若い学生風の女性と一緒にいたところを、見たという証言があるのですが……」
「デタラメだ。人違いだろう。3日前と言ったら、プレゼンの資料作成で深夜まで会社にいたんだ」
「なるほど。では、その女性が実はじっちゃんのメル友の女子短大生だとしたらどうです? あの豪快なじっちゃんと一人の女性を奪い合う。勝ち目の無い戦いに、ついにじっちゃんの殺害を企てると、動機は十分ですね」
「いや、ちがう。俺は決して若い娘など。俺には愛する妻と、可愛い子供が二人もいるんだ」
「……ですね。冗談です」
「なっ……小年君、質の悪いことは言わないでくれよ」
 次郎叔父さんは、普段なら見せないような汗をかいてしまっていた。
「だって、その女子短大生に聞いた話だと、次郎叔父さんの方が本命だと常日頃から言っていたそうですし。動機にはなりませんよね」
 つまりは、次郎叔父さんは白と言うことになる。
 なにやら、今まで見たこともない程の、にこやかな笑顔を見せる叔母さんに、隣の部屋へと片手で引きずられて行った様だが、夫婦水入らずだ。放っておこう。
「さて次は、三郎叔父さんですね」
「ななななな、なにを言うか、私は、ななな何も」
 三郎叔父さんは至っていつも通りの口調で答えた。よほど自分の無実に自信があるのだろう。
「確かに、三郎叔父さんの会社が、今やIT関連の暴落で株価が奈落の底まで傾き掛けていることや、利息制限法の上限を3倍も越えている潜りの商工ローンから借金をしようとして、じっちゃんに保証人を頼みに来ては、ナギナタで串刺しにされているのは、周知の事実だからね。その程度では、動機にはならないよね」
「あああああ、あたり前だ。わたわたわたわ私は、無実だっ」
 と言うことで、三郎叔父さんも白なのだ。
「つまり、残ったのは……」
 俺の言葉に、隣の部屋から血だるまになって戻ってきた次郎叔父さんと、両手の返り血をハンカチで拭いている叔母さん、口からダラダラと泡を吹き始めている三郎叔父さん、そして美雪、全員の視線が、一人の男を見つめる。
「そう。犯人は、犯行時刻にあえて皆の前から姿を消した人物。実際の犯罪で、きっちりとしたアリバイがある人物ほど怪しい人はいない。あえてあやふやなアリバイを作ることで、『犯人ならば、こんな疑われる事をするはずはない』という、推理をする者の論理的な思考を逆手に取ったんだ」
 俺は皆の見守る中、その男をビシッと指さした。
「左記、犯人はお前だっ!」
 そう言われた左記は、相変わらず回り続けているベータカムを、ゆっくりと肩から下ろすと、口元に全てを悟りきったかのような笑みを浮かべた。
「ふっ、全田一、よく俺だと分かったな……」
 そんなのは簡単なことだった。
「何年、親戚やってると思ってるんだ。馬鹿やろう……」
 俺は左記に背を向け、窓の外の夕焼けを仰ぎ見る。上を向かなければ、目から雫が落ちてしまいそうだった。

「……なーんちゃっ」
 バタン!
 だだだだだだっ!
「よし、全田十左記。全田一のじっちゃん殺人容疑で逮捕する!」
「てぇぇぇぇっ!?」
 なにやら左記が言おうとしていた所に、俺の要請で待機していた警部達が入ってきた。犯人は多く語らない方が美しいんだよ……左記。
「よし、時間取ってやれ」
「17時25分です」
「君には黙秘権がある。希望するなら、弁護士を呼ぶこともできる」
「ちょっ、ちょっと……」
 刑事達を見て、パニックになってしまったのか、左記は突然暴れ始めてしまった。
「こら、暴れるな」
「俺じゃないですよっ。ちょっとした冗談でっ……」
「なに! 最近の若者は、冗談で人を殺すというのかっ! なんて奴だ、連れて行け!」
 警部はそう言うと、連れてきた部下達に左記を連行するように指示を出した。
 ベータカムを手放したために暴れている左記の両腕を取るようにして、刑事達が部屋を出ていった。
「すまんな、全田一。またお前の助けを借りてしまったな」
 すまなそうに頭をかきながら、警部が俺の隣にやって来て窓の外を見た。
「いえ。今回は、俺の親戚の事ですから。自分で解決できて良かったです……」
「ま、気を落とすな……というのは無理かも知れないが、美雪君とでも旅行に行って、気晴らしするんだな」
「ええ。あ、そうだ。これ、左記のベータカムです。あいつ、コレが無いと情緒不安になるんで、持って行ってやってください」
「わかった。それじゃあ、またな。全田一」
 そう言って、警部は応接間の入口へと向かった。
「左記のことよろしくお願いします、警部」
 警部の後ろ姿に呼びかけると、振り向かないまま、片手を上げてひらひらと振った。
 そして入口にいた美雪に一言二言話して、警部は去っていった。
「じゃあな、美雪君」
「だから私は、好恵なのに……」



「いやぁ、すごいじゃないか小年君」
「さすがに、私のお父さんの血を引いているだけあるわね〜」
「まままったく、君には、お、驚かされたよ……」
 一息吐くと、皆が俺の優秀さを褒め称えた。まぁ、この程度の事件なら、名探偵であるこの俺に掛かれば、朝飯前だけどな。
「さて、今度の休みにでも、左記の面会に行くか、美雪?」
「…………もう帰るの……」
 おっと、そう言えばもう夕食時じゃないか。いくらなんでも、美雪を夜遅くまで家に引っ張り込んでおく訳には行かないよな。幼なじみでも、お互い、もういい年頃だ。
「じゃあ、左記のことは思い出したときにでも考えることにして、家まで送って行ってやろう」
「いやです……」
「何遠慮してるんだよ。美雪らしくないな。ほら、行くぞ」
「……うう……家の場所知られるの嫌……」
 微妙な関係。そんな言葉が今の俺達にはぴったり合うのだろう。
 家を出ると、もう辺りは真っ暗になり始めていた。
 街灯に照らされて美雪の顔が、青白く見えて、いつもの元気な美雪とは違った、いとおしさを感じさせる。普段はケンカばかりの二人だが、いざというときには、きっと俺が美雪を守ってやるからな。
 豪傑と呼ばれた──

 じっちゃんの名にかけて!



「不味〜。不味〜。どこにいるの?」
 叔母さんは、いつの間にか応接間から消えてしまった不味を探していた。
「あら〜、こんな所にいたの。何見てるのかな〜?」
 居間のテレビの前で、じとーっと湿っぽい虚ろな目で、不味は再放送のテレビアニメを見ていた。
「でじこ」
 2トントラックで踏みつぶされたガマガエルのような声で、不味は答えた。
「そうなの〜。不味はでじこが大好きですからね〜」
「一番好きなのは、プチ子」
 不味がそう言った時、テレビからこんな声が聞こえて来たとか、来なかったとか……

『とうぜんにゅ。プチ子にかかれば、完全犯罪なんてお手の物にゅ』

- Q.E.D. -
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
あとがき。

犯人はだれだっ!
いきなりBOISさんから電波満載のメールが届いていたのに気が付いたのが、20時50分。
そして、そのBOISさんからのメールにかいてあったプロットを元に、4時間半の戦いの末、推敲0回という、脳汁から生まれたまんまの推理小説が書き上がりました。
私としては、初めての推理小説。だから、推理小説なんだって。嘘だけど。
つーか、勢いです。なにやってるんでしょ。私。
ちなみに、犯人は予想通りの人物です。ていうか、まじめに考えれば死にます。
じゃ、そう言うことで。

2001/01/17 01:36 脳汁出まくりな伊月めい

追記
うわー。なに真面目に推敲して、HTML化してるんだよー>私
と言うことで、より真犯人が分かりやすいように、多少伏線を入れてみたり、読みやすいように節々の言葉を手直ししてました。
ゴメン。許してっ。色々と。

2001/01/17 13:55 疲れ果てた伊月めい