第五回 お遊びショートストーリー企画「幼なじみ・お料理・パーカー」
題名:おかえりなさい
作者:伊月めい


 大学進学で4年間地元を離れていた、幼なじみの早希が帰ってくる。
 突然の電話に、私は心穏やかではなかった。
「それで…、いつ帰ってくるの?」
 そう聞き返したら、
「実は明日なの。連絡するのが遅くなってごめんね、友美ちゃん」
 という悪気のない答えが返ってきた。
 せめてもう少し、心の準備が出来る時間が欲しかったけれど、私は動揺を悟られないようにするだけで精一杯だった。

§§§§

 駅前で時計を見ながら、早希の乗ってくる列車の到着を待った。
 この場所は、4年前を思い出させる。
 上京する早希を見送った場所。
 あの時の事は今でもよく覚えている。


「ありがとう、見送りに来てくれて」
 大きな鞄を重そうに持ち直して、早希は言った。
「忘れ物とか無い? あんたはぼーっとしているから心配だわ」
 私が言うと、早希はむぅ〜っと不満そうな顔を見せた。
「ぼーっとなんてしてないよっ。友美ちゃん、いじわるだよっ」
 そんなこと言ったって、実際に早希はどこか抜けている所があるから、私としては心配しても、したりないくらいだった。
 進学で上京すると言う事を始めて聞いた時は、悪い冗談かと思ったくらいだから。
「ところで、彼氏の方は? 今日は見送りに来ないの?」
 まだふくれっ面をしている早希に、話題を変えて訊ねた。
「うん。昨日、いっぱいお話しして来たし、今日は友美ちゃんと積もる話も有るだろうから…って言ってた」
 早希の彼氏は、地元に残ったから、二人は遠距離恋愛になってしまった。
 しかしこの時の二人は、まだ別れる事もなく、それは、私から見てとても羨ましく見えるほど、お互いを信頼している感じだった。悔しかったけれど。
「さて、もうそろそろね」
 駅の電光掲示板に表示されている時間が、出発の時間になろうとしていた。
「あっ…うん…」
 私の言葉に、ふいに早希の顔が寂しげになった。いくら自分で決めた事とは言え、やはり一人で上京するのは不安だったのかも知れない。
 本当は引き留めたかったけど、今更そんな事言えるはずもないし、言ったら余計に早希を困らせる事になったに違いない。
「ほら、なに辛気くさい顔してるのよ。あんたは見た目が地味なんだから、もっとシャキッとしなさい」
 そう言って、思いっきり早希の頬を掴んで、うにーっと引っ張った。
「あぅぅ…友美しゃん、いたひよぉ…」
 早希はびっくりしながら、私の手を掴んで文句を言った。
「ふふふ。少しは顔の緊張がほぐれたかな?」
 私は手を離すと、そう言って笑った。
「ひどいよぉ…」
「何言ってるの。あんたは本当に地味すぎるんだから、一目見て田舎モノって分かってしまうわよ」
 実際、服も飾りっ気が全くないし、化粧もしているのかしていないのか分からないくらいだった。
「じ、地味じゃないもん…」
 負けじと反論する言葉だったが、自信は無さげだった。
「まったく…ほら」
 私は着ていたパーカーを脱ぐと、早希に手渡した。
「えっ?」
 驚いた顔で、早希は私を見た。
「餞別代わりよ」
「だっ、だめだよ。だってこれ、友美ちゃんが大切にしていたパーカーじゃない」
「いいのよ。あんたは、ろくに可愛らしい服を持ってないんだから」
 早希はそれでも躊躇っていた。
「まぁ、私だと思って大切にしてよね」
 そう言うと、遠慮しながらも、ようやく早希は受け取ってくれた。
「ありがとう。大切にするねっ」
 私のパーカーに袖を通しながら言う早希は、とても可愛く見えた。


 あの時から、もう4年も過ぎてしまったんだ…。

§§§§

 私と早希は、物心ついた時からずっと一緒だった。
 活発だけが取り柄で可愛げの無かった私と、おとなしくて人形のように可愛かった早希は、全くの正反対だったけど、なんだか気が合う幼なじみだった。
 小学校、中学校、そして高校までも一緒だったから、二人が一緒にいない時は、ほとんど無かった気がする。
 そんな関係が変わり始めたのは、早希が私に好きな人が出来たと相談してきた時からだった。
 その時の私は、ただ純粋に早希の応援をしていた。
 一緒に早希の意中の人の事を調べたり、料理が下手だった早希に頼まれて、お弁当を作るのを手伝って上げたりした。
 その甲斐あってか、もしくはお弁当攻撃が功を奏したのか、数ヶ月後、私は早希から改めて彼氏を紹介される事になった。
 ──ありがとう、友美ちゃん。
 そう笑顔で言う早希と、早希の隣で照れくさそうにしていた彼氏を見て、私はその時始めて自分の気持ちに気が付いてしまった。
 早希を取られた…
 ずっと一緒にいられると思っていた、大切な人を奪われてしまった気分だった。
 事実、私と早希との間の時間は、早希と彼氏との時間によって、減ってしまった。
 せめて早希の彼氏が嫌な奴だったら奪い返すという事も出来たのに、早希が好きになった人が、そんな悪い人である訳がなかった。
 早希が大学進学で上京すると言う話になったときも、別れ話が出る事も無く、遠距離恋愛をすると言う平和的な結論に至ったそうだ。
 私はと言えば、地元の大学へ進学した。
 そこで、早希の事を吹っ切ろうと、彼氏を作ってはみたけれど、長続きする訳もなく、すぐに別れてしまった。
 その時の男曰く、私はいつもどこか遠くにいる人を見ている…らしい。
 早希からの連絡は、時々電話が有るくらいだったけど、その後お互い大学での生活が忙しくなってしまった為に、たまに手紙をもらうくらいになってしまった。
 その為、早希の遠距離恋愛がその後どうなったかは分からなかったし、私の中で早希の事が少しずつ遠くの人になり始めていた。
 だから三年目の春に届いた手紙の、
『あの人と、別れました。』
 その、ただ一行書かれていた言葉に、私の心は不意に強く揺り動かされてしまった。

§§§§

 早希が彼氏と別れた。
 気が付いたら私は、手紙を握りしめ、着の身着のまま列車に飛び乗っていた。
 今ならもしかして…そんな邪な考えが私の頭には浮かんでいた。
 電車に揺られること数時間、早希の通っている大学にたどり着いたのは、日も暮れ始めた時間だった。
 私は正門から出てくる学生達を眺め、その中に早希はいないかと目を凝らして探す。
 …いた。
 研究棟と思われる建物から出てくる男女の一団の中に、早希がいた。
 手にはゼミの資料なのか、大きなファイルを持って、周りの人達と笑いながら話をしている。
 思わず見入ってしまった。
 自分の目で早希を見たのは何年ぶりだろう。少しあか抜けた感じがするけど、そこにいるのは、確かに私が知っている早希だった。
「あっ…」
 ふいに私のいる方に視線を向けた早希が、私と目があって小さな声を上げた。
 そして一緒にいた人達に一言二言何か言うと、小走りに私の所へと駆け寄ってきた。
「わぁ。友美ちゃん、どうしたのっ?」
 嬉しそうに手を叩いて、早希はそう言った。
「手紙、もらったから…」
 私が答えると、早希は彼氏と別れたと書いた手紙のことを思い出してか、照れ笑いを浮かべて私を上目づかいで見た。
「そっか…ごめんね。心配してくれたんだ…」
「…当たり前でしょ。私があんたの事忘れる訳無いでしょ」
「うんっ。ありがとう、友美ちゃん」
 そこへ早希と一緒にいた人達がやってきた。後から聞いたら、早希と同じゼミの人達だったそうだ。
「早希〜、その人だれ? お友達?」
 その中の一人がそう言うと、早希は私をその人達に紹介した。
「私の幼なじみで、友美ちゃんだよ」
「あ、どうもはじめまして」
 私が挨拶すると、一行は物珍しそうに私を取り囲んだ。
「へえ〜早希の幼なじみかぁ〜」
「なんだ、早希ちゃんにこんな美人の幼なじみがいたなんて、初耳だぞ」
「今日はまた、どうしたんですか?」
「どうです、お暇でしたら、一緒に食事でも」
「こらっ、いきなりナンパするんじゃないわよ」
 よく解らない人達…。
「ちょっと〜、友美ちゃんは私に会いに来てくれたんだからっ」
 早希がそう言うと、私はやっと質問責めから解放された。
「えっと、今日はこの後どうするの? 私の所に泊まっていく?」
 実は何にも考えていなかった。
 勢いで飛び出してきてしまったのは、落ち込んでいる早希を慰めるためだったのに、全くの予想外の展開になってしまったから。
「あ…うん。いいかな…?」
「もちろんだよっ」
 早希は一緒にいた人達に、また明日と言うと、私を連れて住んでいるアパートへと向かった。
「またねー、友美ちゃーん」
「今度一緒に遊びに行きましょ〜」
 大きな声でそう言い、手を振る人達に、私は苦笑いを浮かべて手を振り替えした。

 その後、早希のアパートに一晩泊まって、私は次の日の列車で帰った。
 結局、彼氏と別れた事についての話は、何一つ聞く事は出来なかった。

§§§§

 その時以来、早希とは会っていないし、会いに行ってもいない。
 何度か手紙をもらったり、電話が有っただけだった。
 私だけが変わらないままで…、早希はきっと新しい生活に変わっていってしまったのだと、そう思うと私から早希に会いに行く事なんて出来なかった。

 その早希が戻ってくる。
 列車がホームへと入ってくる音で、私は改札に視線を向けた。
 多くの人達に紛れて、早希の顔が見えた。
「あっ、友美ちゃーん」
 早希も私の姿を見つけると、片手を振って名前を呼ぶ。
 そして4年前と同じように、大きな荷物を持った姿が見える。
 その姿を見て、私は不意に涙が込み上げてきた。
「早希…あんた、その服…」
 早希は、4年前に私が餞別として上げたパーカーを着ていた。
 あんな服なんて、もう古くなって捨ててしまっていてもおかしくないのに。
「うん。友美ちゃんからもらった服だよ」
「そんな古い服、捨てても良かったのに…」
「だめだよっ。せっかく友美ちゃんがくれたものなのに。捨てられないよ。それにね…」
「それに?」
「この服を着てるとね、私も友美ちゃんの様に強くなれるような気がして…。本当は一人で生活するのは凄く不安だったけど、この服を着てるとね、なぜだかもう少しだけ頑張ろうって気になれたんだよ」
 そう言うと、早希は大切そうに着ているパーカーを抱きしめる。
「ずっと、友美ちゃんが見守っていてくれてるような、そんな気になれたの」
 その笑顔を見ると、私は自分がとても情けなくなった。
 早希はずっと私の事を忘れてはいなかったのに、私一人が取り残されたような、捨てられたような気になってしまっていたなんて。
 一歩二歩、ゆっくりと早希に近付くと、私はそっと早希の首に両腕を回して抱きしめる。
「おかえりなさい…」
 囁くようにそう言うと、私は泣いてしまった。
「えっ、えっ、どうしたの友美ちゃん?」
 顔を真っ赤にして驚いている早希には悪いけど、ごめん、少しだけこのままで…。

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あとがき
「幼なじみ」と「パーカー」はいいとして、「お料理」は弁当という言葉のみにて。
すまん。思い付かなかったんだよ…。
それよりも、まるで私が、ただ友美のような女の子の話が書きたかっただけにも見えるな。これ。
ちなみに癒し系です。そう思わない?

2000/06/12 伊月めい