プレゼントは枕元に
イブの夜を一人で過ごすようになって、ずいぶんと経つ。
社会人になって最初の頃は、当時の会社で女だけでの飲み会があって、それに参加した事もあった。
でも、純粋に楽しむ彼女達に対して、場違いな温もりを欲していた私は、以来そういう話には全く参加しない様になってしまった。
かと言って、二人で過ごす様な相手に出会うこともなく、今に至っている。
今日だってこのあと予定は、家に帰ってテレビ観て、それで終わるだけの12月24日だったはず。
そのためにわざわざ休日出勤まで入れて、仕事があるからという、誰に向けてなのか分からない言い訳まで用意していたのに……。
私の目の前にはケーキの乗っていた皿と、程よくお酒を飲みつくして、空になったグラスが二つ。
そしてこの部屋の主は、テーブルに突っ伏して静かに寝息を立てている。
「もう、終電はあるわけ無いし」
時計を見ると、もうすぐ日付が変わろうとしていた。
明日の仕事に響くなあ。
こんなことなら、明日は昼からの出勤で申告しておけばよかった。
だけど、そもそもこんな事になる予定は無かったのだから仕方ない
「まったく、どうしてくれるのよ」
未だに目を覚まさない彼女に向かってつぶやき、何とはなしに部屋を見回す。
「まぁ、ケーキは美味しかったけどね」
少なくとも、今の私は悪い気分ではないみたい。
実のところ今まで、彼女に対しては、あまり良い印象を持っていなかった。
中途が多い会社なので、同期という訳ではないのだけど、彼女と私は、ほぼ同じ時期に入社して、さらに同い年だったので、何かと一緒に仕事する事も多かった。
しかし、彼女は頻繁にミスしては、その度に私に助けを求めてきた。大事になるようなことは幸いにして一度もなかったのだけれど、それでも何度となく振り回される私としては、いい迷惑だった。
そんなのだから、こんなふうに彼女のアパートを訪れる事もなかったし、ケーキを一緒に食べる様なプライベートの付き合いは、縁の無いものだと思っていた。
今日も仕事上がりがたまたま一緒で、帰るタイミングが同じになっただけ。
なのに彼女は、駅で別れようとする私のコートをつかんだ。
――一緒にいたいんです。
そのときの表情、息遣い、彼女の視線が、もう何年も忘れかけていた感情を、私の中から引きずり出した。
でも、本当に?
そんな言葉が頭を過ぎたのも確か。今まで、そうして何度も自分にストップをかけてきたのだから。
でも私は、ここに来てしまった。
目の前の彼女を改めて見る。
手を伸ばし、彼女の頬に掛かった髪に触れた。
「ん……」
声にならない息を吐いて、彼女はうっすらと目を開けた。
まだ意識がはっきりしていないのか、身体はテーブルに預けたまま、顔だけを私の方に向ける。
「あ、よかった……」
口元に微かな笑みを浮かべそうささやくと、伸ばしたままの私の手に気が付いて、自分から手に顔をすり寄せてきた。
彼女、こんな仕草も見せるんだ。
よく考えてみれば彼女って、結局最後は、仕事をきちんと片付けてるし、クライアントや他の社員には迷惑かけてないのよね。
それって、私だけに迷惑かけてるということ?
ばかばかしい。
よく考えなくても分かるのに、私が気が付いかないフリをしていただけ。
「明日も早いし、そろそろ、帰りたいのだけど」
口ではそう言っても、私は彼女を見つめたまま。
彼女も無言で視線を私に向けてくる。
「帰らないですよ……ね?」
彼女は視線を外さないまま、ゆっくりと立ち上がり、私の隣に腰を下ろす。
「……そうね」
いつから私の事を好きでいてくれたんだろう。彼女が私の肩に身体を預けて、静かに手を重ねてくる。
帰る事は出来そうに無い。
明日の事とか、仕事の事とか、いろいろ考える事はあるのだけれど。
朝起きて、彼女の枕元にいてあげる事が、まずは私からのクリスマスプレゼント。
それからの事は、彼女と一緒に考えていこう。
2006.12.10 完成
2006.12.31 初出 Comic Market 71 頒布 無料コピー本
2007.07.26 サイト公開