美味しそうだったから
片手で押し開けたドアの向こうから、蒸し暑い風が流れてくる。
思わず後ろを向いて、涼しいコンビニの店内に逆戻りしたくなるけど、後に続く彼女に押されながら外に出た。
暑い。
少なくとも、ここ数日の中では、記録的な気温なのでは。
「うっわー、やっぱ暑いねー」
彼女も同じ感想のよう。でも、蒸し暑さとは対照的に、彼女はいつも通りのカラッとした笑顔で話す。
立ち止まっているとすぐに汗が出てきそう。
私たちは歩き出し、手に持ったアイスを食べ始める。ついさっき買ったばかりなのに、袋から出すだけでもう溶け始めていた。
「うわっ、手に付いた」
彼女も苦労しているみたい。指を舐め、コーンの端に口を添える。
「ベトつく……」
彼女が持つのは、こってり甘いソフトクリーム。溶けると悲惨だと思う。
この暑さの中、そんな甘ったるいものを食べるのは躊躇われたので、私は堅実にアイスキャンディー。
「私もそれにすれば良かったなぁ」
愚痴りながら、ちびちびと食べる彼女は、自分の選択を悔やんで食が進まないのか。
それよりもさっさと食べてしまった方がいいとは思うけど、そんな事でも真剣に悩む彼女を見るのは結構好きだ。
しかし唐突に彼女は立ち止まると、私の前に回り込む。
「なに?」
不意な動きに立ち止まる私を、ニヤリと目で制し、彼女は私の持つアイスに素早くかじりついた。
「いただきっ」
「あ、ちょっと!」
半分ほど持って行かれた私のアイス。
「んー、だって、美味しそうに見えたんだもん」
彼女に悪びれる様子もない。
「そんな子供みたいな事を」
「代わりに、あたしの食べる? はい、あーんして」
不細工につぶれ掛けたソフトクリームを私に差し出す。そういう態度は許せない。
「ん……」
とは言え、貰わない理由も無い。ぺろりと舌を出しひと口。
「うわぁ、なんか舐め方がいやらしぃ」
「なっ!」
変な煽りはやめて欲しい。彼女に言われると必要以上に意識してしまうのに。
甘ったるさが一段と口の中に広がっていくのに、私の顔は苦くなる。
「そんな顔でしないでよ。ホントにこのテの話には弱いよね」
「分かってるなら、やめてよね」
付き合いだけなら長いのだから、分からないはずがない。でも、付き合いの長さだけでは、分かってもらえない事もあると、彼女には何度も実感させられる。
「そういうところ、可愛いと思うけどなぁ」
「……っ!」
だからそんな言葉だけでは、揺れ動かされたりはしない。でも多分、私の中では本日の最高気温を記録した瞬間。
「顔、赤いよー」
「あ・つ・い・か・ら・よ!」
慌てて後ずさる。
もちろん、この暑さは日差しのせいだけじゃない。誰がそうさせているのか、怒鳴りたくもなる。
「ねぇ」
「なによ」
彼女がアイスを持つ私の手を指差す。そして足元に視線を向ける。
「……まったく、最悪な」
いつの間にか私の手には、ただの棒だけが残っていて、足元には、見るも無残なアイスの塊が潰れ広がっていた。
「あらら」
まるで他人事のような台詞を言うと、彼女は視線を逸らして自分のソフトクリームを口にする。
私は無言で手を伸ばすと、そんな彼女の手を引っ張る。
そして躊躇うことなく、大きな口で彼女のソフトクリームにかぶりつく。
「うわっ。ちょっと待ってよー」
「……」
無言を決め込み、コーンも残さず食べ切る。ちょっとムセそう。
「乱暴だなぁ、もう」
彼女の抗議も聞く耳持たず。勢いついでに、彼女の指まで舐めてやる。
「!」
「ごちそうさまっ」
そっぽを向く。
アイスの塊は、アスファルトの熱で跡形も無くなっていた。
「美味しそうだったから食べただけよ」
確かに理由なんて、それくらいが丁度いいのかも。
2006.08.30 完成
2006.10.15 初出「Maiden's Garden」頒布 無料コピー本
2006.12.24 サイト公開